通信制高校の高校1年生を対象に、アート史を学んだあと、作品の部分模写と短い考察に取り組む授業を構成しました。
授業時間は、45分×2時間です。
1時間目は、原始美術から現代美術までの大きな流れをスライドで見ていきます。
2時間目は、スライドに登場した作品から気になるものを一つ選び、部分模写をしながら作品を詳しく観察します。
作品名や作者名を暗記するだけではなく、
「なぜ、その時代にこのような作品が生まれたのか」
「この作品は、それまでの考え方をどのように変えたのか」
を考える授業です。
この授業で大切にしたこと
アート史というと、作品名、作者名、制作年、美術様式などを覚える学習になりがちです。
しかし、今回の授業では、アート史を単なる知識の積み重ねとして扱いません。
アートを、
人間の考え方が、作品として見える形になったもの
と捉えました。
原始時代の美術には、生きるための祈りが込められています。
古代エジプト美術には、永遠の世界への願いが表れています。
古代ギリシャでは、人間の身体や理想の美しさが追究されました。
中世ヨーロッパでは、作品が信仰や聖書の物語を伝える役割を担いました。
ルネサンスになると、人間や自然への関心が高まり、遠近法や人体表現が発達します。
さらに、写真やチューブ入り絵の具の登場によって、画家たちは新しい表現を探し始めました。
マティスは色を現実どおりに使う必要があるのかを問い、ピカソは一つの視点から見た形を組み直しました。
カンディンスキーは、具体的なものを描かなくても、色や線だけで人の心を動かせることを示しました。
デュシャンやウォーホルは、
「何をアートと呼ぶのか」
という、それまでの枠組みそのものを問い直しました。
アート史は、技法が上手になっていく歴史だけではありません。
人間が、それまでの当たり前を問い直し、新しい見方を生み出してきた歴史でもあります。
授業のねらい
この授業では、次の三つを目標にしました。
- 作品の線、形、色、構図を注意深く見る
- 部分模写を通して、見るだけでは気づかなかった特徴を発見する
- 作品に表れた時代の考え方を、自分なりの言葉で表す
模写の上手さや、美術史の知識量だけを求める授業ではありません。
作品をよく見て、自分なりに気づき、考えたことを表すことを大切にします。
1時間目|スライドでアート史の流れを学ぶ
1時間目は、約3万年前の洞窟壁画から現代美術までを、作品画像を見ながらたどります。
すべての作品名や作者名を覚えさせるのではなく、時代ごとにアートの目的がどのように変化したのかを見ていきます。
原始美術
原始美術の目的は、生きることと深く結びついていました。
洞窟壁画や造形物には、狩りの成功、生命の豊かさ、祈りなどが込められていたと考えられています。
古代エジプト美術
古代エジプトでは、見たままを描くことより、描かれた人物の意味や身分が正しく伝わることが重視されました。
作品には、死後も続く永遠の世界への願いが表れています。
古代ギリシャ美術
古代ギリシャでは、人間の身体や心の理想が追究されました。
調和やバランスの整った人間の姿が、美しいものとして表現されました。
中世ヨーロッパ美術
中世ヨーロッパでは、教会が美術の大きな支え手となりました。
作品は信仰や聖書の物語を人々に伝える役割を担いました。
ステンドグラスの色と光も、文字を読むことができない人々に物語を伝えるための大切な表現でした。
ルネサンス
ルネサンスでは、古代ギリシャやローマの文化が見直され、人間や自然への関心が高まりました。
遠近法や人体研究が進み、画家たちは目の前の世界をより自然に表そうとしました。
画材と技術の変化
油絵の具の発達によって、光や質感を細かく表すことができるようになりました。
さらに、チューブ入り絵の具が普及すると、画家たちは画材を持って外へ出られるようになります。
モネをはじめとする印象派の画家たちは、移り変わる光や空気を、その場で捉えようとしました。
写真の登場
写真が登場すると、目の前の世界をそっくりに記録する役割を、写真が担えるようになりました。
画家たちは、
「絵にしかできないことは何だろう」
と考え始めます。
そこから、現実どおりではない色、複数の視点、抽象表現など、新しいアートが生まれていきました。
現代美術
デュシャンは既製品を美術館に置き、作品を作る技術だけではなく、そこに込められた考えや問いもアートになることを示しました。
ウォーホルは、身近な商品やパッケージを作品に取り入れ、一点物だけがアートなのかを問いかけました。
ここまでの流れを通して、
アート史とは、人間の思考と価値観が変化してきた歴史である
ということを確認します。
2時間目|部分模写から作品を読み取る
2時間目は、1時間目のスライドに登場した作品から、気になった作品を一つ選びます。
選び方に正解はありません。
「色がきれいだった」
「形が不思議だった」
「少し変だと思った」
「なぜか気になった」
という理由でも構いません。
大切なのは、自分の目が止まった作品を選ぶことです。
45分の授業の流れ
導入と作品選び 5分
授業の最初に、次のように説明します。
「今日は、作品名を覚える時間ではありません。気になった作品を一つ選び、手を動かしながら詳しく見ていきます」
必要に応じて、1時間目のスライドから数点の作品を再表示します。
部分模写 20分
作品全体ではなく、気になった部分だけを模写します。
顔、手、人物の動き、線、形、色の組み合わせなど、自分の目が止まったところを選びます。
模写の目的は、作品をそっくりに描くことではありません。
手を動かしながら、作品を詳しく見ることが目的です。
机間指導では、次のような声をかけます。
- 輪郭は、まっすぐですか。曲がっていますか
- 一番濃いところは、どこですか
- 同じように見える色の中に、どんな違いがありますか
- 形と形の間には、どんな空間がありますか
- 人物は、どちらの方向を向いていますか
問いかけによって、生徒の目を作品へ戻していきます。
作品を観察する質問 10分
模写のあと、ワークシートの質問に答えます。
質問は、次の三つです。
- 最初に目に入ったものは何ですか
- どのような線、形、色が使われていますか
- 模写してみて、初めて気づいたことは何ですか
長い文章を書く必要はありません。
単語や短い文でも、自分が発見したことが書かれていればよいことにします。
作品に表れた考え方 5分
次に、作品を作った人が何を大切にし、何を表そうとしたのかを考えます。
ワークシートには、考えるための言葉を示しました。
- 生きるため
- 永遠
- 人間の理想
- 信仰
- 光
- 感情
- 色と形
- 新しい見方
- 社会への問い
すべてを使う必要はありません。
自分が選んだ作品に近いと思う言葉を一つ選び、そこから考えを広げます。
振り返りと提出 5分
最後に、次の文に続けて考えを書きます。
「この作品は、それまでの『 』という考え方を変え、『 』という新しい見方を示した」
一つの正解を当てるための質問ではありません。
作品の特徴と、生徒が考えたことにつながりがあれば、その答えを大切にします。
最後に、今日の授業で最も印象に残ったことを書いて終了します。
通信制高校の生徒への支援
通信制高校には、学習経験や美術への自信、集中できる時間などが異なる生徒が在籍しています。
そのため、全員に同じ速さや文章量を求めないことを大切にしました。
作品を選べない場合
教師が作品を二、三点に絞り、
「色が気になる作品と、形が面白い作品なら、どちらにしますか」
と選択肢を示します。
描き始められない場合
作品の一部分を指し、
「この輪郭線一本から始めてみましょう」
と、最初の入口を小さくします。
模写に自信がない場合
「そっくりに描くことより、見つけた形を残すことが目的です」
と伝えます。
線を何度引いても、描き直してもよいことにします。
文章を書くことが苦手な場合
参考語句から一つ選び、まずは単語で答えてもよいことにします。
余裕があれば、そのあとに「なぜなら」と理由を加えます。
時間内に終わらない場合
すべての欄を埋めることより、部分模写と、そこから見つけたことを一つ書くことを優先します。
未完成でも、できたところまでで提出できるようにします。
評価の観点
評価では、次の点を見取ります。
- 作品を見ながら、線、形、色などを観察している
- 模写を通して気づいたことを、自分の言葉で書いている
- 作品に表れた考え方を、作品の特徴や授業内容と結びつけている
模写の上手さや文章量だけで評価することはしません。
作品をよく見ようとした過程と、そこから得た気づきを大切にします。
模写は作品を見るための方法
作品をただ眺めているだけでは、見えてこないものがあります。
実際に線を引いてみると、輪郭の傾き、形の重なり、色の配置、人物の視線など、それまで気づかなかったことが少しずつ見えてきます。
模写は、上手に描くためだけの活動ではありません。
自分の手を通して、作品を見る活動でもあります。
アート史を学んだあとに模写を行うことで、作品名や時代の知識が、目と手を使った実感へと変わっていきます。
そして最後に、
「この作品は、どのような考え方を表しているのだろう」
と問いかけることで、作品と時代、人間の思考がつながります。
アート史を遠い過去の知識として終わらせず、自分の目で見て、自分の手で確かめ、自分の言葉で考える。
そのための授業として、今回のワークシートを活用していきたいと思います。
