高校3年生は、進学や就職など、それぞれの未来について考える時期です。
けれど、将来を考えることは、進学先や職業を決めることだけではありません。
「これから、どのような自分で生きていきたいか」
「何を大切にして歩いていきたいか」
そんな自分自身への問いも、未来を考える大切な一歩です。
今回の発展美術では、身近な「自分の手」を題材に、
観察する → 描く → 感じる → 考える → 形にする
という流れで制作します。
最初から「未来を表現しよう」とはしません。
まず、自分の手を見る。
そして描く。
描くことで、それまで気づかなかった自分の手の形や構造を知る。
そのあと、自分の感情や大切にしたいことに目を向け、
「この手で、私はこれから何を大切にしていきたいのだろう?」
と、自分の未来について考えていきます。
STEP1|自分の手を観察し、デッサンする
授業の最初は、自分の手の鉛筆デッサンです。
この段階では、まだ「未来へ向かう手」というテーマについて深く考えません。
まずは純粋に、
「自分の手は、どのような形をしているのだろう?」
と観察することから始めます。
手は、毎日見ている身近なものです。
ところが、いざ描こうとすると、
「親指は、こんなところから出ているんだ」
「指の長さは全部違うんだ」
「手のひらには、思っていたより厚みがある」
など、それまで気づかなかったことがたくさん見えてきます。
【ワークシート①】手の形と構造を観察する
最初に使うのは、手を観察するためのワークシートです。
ここでは将来について考えるのではなく、
- 手のひらの形や厚み
- 親指の位置や角度
- 指の長さや太さ
- 関節の位置
- 骨格や立体的なつながり
- 光と影
- 描いて初めて気づいたこと
などを確認します。
ワークシートの目的は、「正しい答えを書くこと」ではありません。
見るための目をつくることです。
[手のデッサンワークシートをダウンロード]
デッサンでは「大きな形」から見る
手を描こうとすると、一本一本の指や爪から描きたくなります。
けれど、まず見るのは手全体です。
手のひらを箱のような大きな形として捉え、指は円柱、関節は球のような立体として考えます。
- 手のひらは、どのくらいの大きさか
- 指は、どちらへ伸びているか
- 親指は、どこからどのような角度でついているか
- 手のひらや指には、どのくらい厚みがあるか
最初から細部へ入らず、手全体の大きな形とバランスを捉えます。
さらに、正面からだけでなく、斜めや横からも観察します。
光の当たる部分と影になる部分を見ながら、鉛筆の濃淡によって立体感を表していきます。
デッサンは「上手に描く練習」だけではない
デッサンというと、絵を上手に描くための訓練と思われることがあります。
もちろん、形や明暗を表現する技術も学びます。
けれど、今回特に大切にしたいのは、
「知っているつもりだったものを、もう一度よく見ること」
です。
描く。
見る。
比べる。
直す。
そして、また見る。
その繰り返しの中で、
「自分が思っていた手」と「実際に目の前にある手」の違い
に気づいていきます。
STEP2|自分と出会う
手のデッサンを終えたら、今度は自分の内側へ目を向けます。
しかし、突然、
「あなたは、どのような自分で生きていきたいですか」
と聞かれても、すぐには答えられないかもしれません。
私たちは日常の中で、「やるべきこと」を優先し、自分の気持ちを後回しにしてしまうことがあります。
特に、怒り、悲しみ、不安、悔しさなどのネガティブな感情は、表に出さないように抑えてしまいがちです。
そこで、いきなり未来について考えるのではなく、まずは日常の小さな感情を言葉にすることから始めます。
うれしい、楽しい、ほっとする。
嫌だ、苦しい、イライラする。
そんな感情の中には、自分が本当に大切にしたいものへつながる「しっぽ」が隠れています。
【ワークシート②】自分が大切にしたいもの
このワークでは、最近心が動いた出来事を一つ思い出し、3つのステップで掘り下げます。
ステップ1|「いいな」「嫌だな」
心が動いた出来事と、そのときの感情を書きます。
私は今、〇〇と感じている。
ステップ2|「だって」
なぜ、そのように感じたのかを考えます。
だって、〇〇だったから。
ステップ3|「やっぱり私は」
その感情の奥にある、自分の願いや大切にしたいことを見つけます。
やっぱり私は、〇〇を大切にしたいんだ。
私は、〇〇が好きなんだ。
感情のワークの例
「いいな」と感じたこと
ステップ1
一日、何も予定が入っていない日。
私は今、自由だと感じている。
ステップ2
だって、その日の自分の心と体に意識を向けながら、やりたいことを選べるから。
ステップ3
やっぱり私は、自分の心と体の声を大切にしたいんだ。
自分の本当の気持ちとともにいることが好きなんだ。
ネガティブな感情も、大切な手がかりになる
「楽しかったこと」や「うれしかったこと」だけでなく、
- 怒り
- イライラ
- 不安
- 悲しみ
- 悔しさ
- 寂しさ
などについても、同じように考えてみます。
たとえば、
ステップ1
自分の話を途中で遮られて、私は悲しく、腹立たしいと感じた。
ステップ2
だって、自分の気持ちを大切に扱ってほしかったから。
ステップ3
やっぱり私は、お互いの話をきちんと聴き合うことを大切にしたいんだ。
このように、ネガティブな感情の奥にも、
「本当はこうしてほしかった」
「私は、これを大切にしたい」
という願いが隠れています。
感情を良いものと悪いものに分けるのではなく、まずはそのまま見つめてみます。
[ワークシート②「感情のしっぽをつかむ」をダウンロード]
STEP3|「未来へ向かう手」のテーマを見つける
感情のワークで自分の心の動きを見つめたあと、少しずつ未来へ視線を向けます。
ここで初めて、生徒に**「未来へ向かう手」**という制作テーマを提示します。
考えるのは、具体的な進学先や職業だけではありません。
- 今の私は、どのような自分だろう
- 私が大切にしたいものは何だろう
- これからも持ち続けたいものは何だろう
- そろそろ手放してもよいものは何だろう
- これから挑戦してみたいことは何だろう
- どのようなときの自分を「いいな」と思えるだろう
- 5年後、どのような人でありたいだろう
- 未来の自分へ、どのような言葉を送りたいだろう
すべての問いに、立派な答えを書く必要はありません。
正解もありません。
心に引っかかった問いから、自分の言葉で考えていきます。
【ワークシート③】テーマと手のポーズを考える
ワークシート②と③は、あえて分けています。
ワークシート②は、今の自分の感情に気づくためのもの。
ワークシート③は、そこから未来へ向かう作品のテーマを見つけるためのものです。
自分の書いた言葉を読み返し、その中から、
気になる言葉
何度も出てくる言葉
自分にとって大切だと思う言葉
を拾います。
たとえば、
「挑戦」
「優しさ」
「自由」
「つながり」
「自分らしく」
「ゆっくり進む」
「手放す」
「守る」
など。
その言葉が、作品の「種」になります。
そこから、
「私は、この作品で何を表したいのだろう?」
と考え、作品のテーマを一つに絞っていきます。
[ワークシート③「未来へ向かう手―テーマとポーズ」をダウンロード]
言葉を「手の形」に変える
テーマが決まったら、言葉を造形へ置き換えます。
ここが、美術としてとても大切なところです。
未来をつかむ手
まだ見えない目標や可能性へ、指先を伸ばす。
大切なものを包む手
これからも大切にしていきたいものを、そっと守る。
誰かへ差し出す手
自分の力や優しさを、誰かへ渡そうとする。
新しい世界へ伸ばす手
未来へ向かって、一歩踏み出そうとする。
手放す手
不安や迷いを手放し、新しい自分へ進もうとする。
静かに開く手
自分自身や自分の可能性を、少しずつ受け入れていく。
これらは、あくまでも発想の例です。
同じ「開いた手」でも、
- 指を大きく広げる
- 指を少し曲げる
- 手のひらを上へ向ける
- 手を前へ差し出す
- 指先に力を入れる
- 力を抜いて、やわらかく開く
など、形によって伝わる気持ちは変わります。
実際に自分の手を動かしながら、自分のテーマに最も合うポーズを探します。
ポーズは一つですぐに決めない
最初に思いついたポーズを、そのまま作品にする必要はありません。
いくつかのラフスケッチを描いたり、実際に手を動かしたりしながら比べます。
候補となるポーズは、正面、横、斜め、上など、いろいろな方向から写真に撮っておきます。
写真は、塑像制作の大切な資料になります。
「この形が作りやすそうだから」ではなく、
「この形が、自分の表したいことに最も合っている」
という理由でポーズを選ぶことを大切にします。
STEP4|「未来へ向かう手」を塑像にする
テーマとポーズが決まったら、いよいよ塑像制作です。
ここで、最初に行ったデッサンが生きてきます。
手のひらには、どのくらい厚みがあっただろう。
親指は、どこからついていた?
指の関節は、どこにある?
指の長さや太さは?
一度デッサンでじっくり観察しているため、今度は手を三次元の形として捉え直すことができます。
まずは芯材を組み、手のひらや指の大きな形を作ります。
そのあと、いろいろな方向から確認しながら、少しずつ細部を整えていきます。
【ワークシート④】塑像制作と振り返り
塑像制作では、次の点を確認します。
- 手のひらの大きな形から作れているか
- 親指と4本の指のつながりを見ているか
- 正面だけでなく、横・上・後ろから確認しているか
- 細部へ入りすぎず、全体のバランスを見ているか
- 自分のテーマが手の形から伝わるか
ここでも、「自分の手にそっくりに作ること」だけをゴールにはしません。
観察した形と、自分が表したいことの両方を大切にします。
[ワークシート④「塑像制作と振り返り」をダウンロード]
最後は、もう一度作品を「見る」
塑像が完成したら、最初のデッサンと同じように、もう一度自分の作品をじっくり見ます。
そして、
- 作品名
- この手に込めた思い
- このポーズにした理由
- 制作で工夫したところ
- 難しかったところ
- デッサンから塑像まで取り組んで気づいたこと
- 制作を終えた今、未来の自分へ伝えたいこと
を、自分の言葉でまとめます。
最初に描いた手のデッサンと、完成した塑像を並べて振り返ることで、形の変化だけでなく、自分の見方や考え方の変化にも気づくことができます。
授業全体の流れ
① 自分の手を観察する
↓
② 手をデッサンし、形や構造を知る
↓
③ 感情のしっぽをつかみ、自分の本当の気持ちを探る
↓
④ 自分が大切にしたいものを見つける
↓
⑤ 作品のテーマを決める
↓
⑥ テーマを手のポーズへ置き換える
↓
⑦ 「未来へ向かう手」を塑像にする
↓
⑧ 完成した作品と言葉をつなぎ、振り返る
この授業は、
見る → 描く → 知る → 感じる → 考える → 表す → 振り返る
という流れで進みます。
高校3年生だからこそ、「何になるか」より「どうありたいか」
高校3年生にとって、進路はとても現実的な問題です。
けれど美術の時間だからこそ、「どこの学校へ行くのか」「どのような職業に就くのか」とは、少し違う角度から未来を考えてもよいのではないでしょうか。
「私は、どのような人でありたい?」
「これから、何を大切にして生きていきたい?」
今すぐ答えが見つからなくても構いません。
迷っていてもいい。
未来は、まだ形のない粘土のようなものです。
触って、考えて、ときには作り直しながら、自分の手で少しずつ形にしていくことができます。
最初は、ただ観察して描いた「自分の手」。
その手が授業の最後には、「これからの自分」を表す手へと変わっていきます。
生徒一人ひとりの手から、それぞれの思いや未来への小さな光が伝わる作品になればと思います。
