風神雷神図屏風のオマージュ作品

俵屋宗達《風神雷神図屏風》の魅力

目次

模写から鑑賞へ―作品のよさを味わうための授業用解説

俵屋宗達の《風神雷神図屏風》。

教科書でもよく目にする、日本美術を代表する作品のひとつです。

けれども、「有名な作品だから鑑賞する」だけでは、なかなか作品の本当の面白さにはたどり着けません。

そこで、この授業では模写を入り口にして作品をじっくり見ることを大切にします。

模写は、形をそっくり写すためだけの活動ではありません。

線を追い、形を確かめながら描くことで、

「なぜ、こんな形をしているのだろう」

「なぜ、ここには何も描かれていないのだろう」

「なぜ、止まっているのに動いて見えるのだろう」

と、作品の中にある工夫に気づくことができます。

手を動かすことで目がひらき、作品を見る力が育っていく。

そんな「模写から鑑賞へ」とつながる授業を目指します。


この作品を見る5つの視点

《風神雷神図屏風》を鑑賞するとき、生徒と一緒に注目したいポイントを5つに整理しました。

1.中央の余白

何も描かれていない空間に、風・雷鳴・視線・緊張感を感じる。

2.画面の動き

身体、衣、太鼓、雲の曲線が、静止した画面に大きな運動を生み出している。

3.見えないものの表現

目に見えない風や音を、姿勢や形、線の動きによって想像させる。

4.神の人間らしさ

恐ろしい自然の神でありながら、どこか愛嬌やユーモアを感じさせる。

5.省略の力

少ない要素と金地によって、時代や場所を超えた世界をつくり出している。


鑑賞のねらい

この授業では、次のことを大切にします。

  • 有名作品だから価値があるのではなく、自分の目で作品のよさを発見する
  • 余白・線・形・動きなどの造形的な特徴と自分が受けた印象を結び付ける
  • 模写をして気づいたことを、自分の言葉で説明する

「正しい答えを当てる鑑賞」ではなく、生徒自身が作品と出会い、自分なりの発見をする鑑賞です。


作品の魅力を伝える5つの視点

1.何も描かれていない中央が、実は主役

風神と雷神は左右の端に置かれ、中央には大きな金色の余白があります。

しかし、この余白は決して「空っぽ」ではありません。

二神が向き合う緊張感。

風が吹き抜ける広がり。

雷鳴が響く空間。

そして、次の瞬間に何かが起こりそうな気配。

何も描かれていないからこそ、見る人の想像が入り込む余地が生まれています。

生徒への問いかけ

「中央まで雲や人物で埋めたら、印象はどう変わるだろう?」

「この余白には、何があると感じる?」


2.止まった絵なのに、動いて見える

風神の風袋、雷神を囲む太鼓、曲げられた手足、斜めに傾いた身体、翻る衣、渦を巻く雲。

画面の中には、たくさんの曲線と斜めの方向が見つかります。

それらが組み合わされることで、静止しているはずの画面に大きな動きが生まれています。

模写をすると、この「線の方向」に特に気づきやすくなります。

生徒への問いかけ

「最も強く動きを感じる線はどこだろう?」

「二神は次の瞬間、どちらへ動くと思う?」


3.風も音も描かずに、風と雷を感じさせる

風そのものも、雷鳴という音も、目で見ることはできません。

それでも私たちは、この絵から風や雷を感じます。

風神の大きな風袋。

風を受けて動く衣。

傾いた身体。

雷神を取り囲む太鼓や、勢いのある腕の動き。

宗達は、こうした形や姿勢を使いながら、目に見えない力を、目に見える形へと置き換えているのです。

生徒への問いかけ

「宗達は、目に見えない風や音を、どのような形や動きによって見せている?」


4.怖い神なのに、どこか人間らしい

風神と雷神は、風や雷という自然の大きな力を表す存在です。

本来なら恐ろしい存在のはずです。

ところが、じっくり顔や身体を見てみると、少し印象が変わってきます。

見開いた目。

歯を見せた表情。

丸みのある身体。

大きく動く手足。

恐ろしさだけではなく、どこか愛嬌やユーモアも感じられます。

神を遠い存在として描くのではなく、今にも動き出しそうな、生き生きとした存在として感じさせるところも、この作品の魅力です。

生徒への問いかけ

「怖い、面白い、親しみやすい――どの印象が一番強い?」

「それは、表情や姿勢のどこから感じる?」


5.少ない要素で、圧倒的な世界をつくる

背景には、写実的な青空も山も建物も描かれていません。

金色の空間に、風神と雷神、そして雲。

描かれているものは、とても限られています。

場所も時刻もはっきりと示されていないからこそ、現実の一場面を超えた、神話的な世界が生まれています。

たくさん描き込むのではなく、**必要なものだけを残す「省略の力」**が、二神の存在感をいっそう強めています。

生徒への問いかけ

「背景が青空や山だったら、どんな作品になるだろう?」

「金地だからこそ生まれる印象は何だろう?」

日本美術では、なぜ「金」が多く使われたのか

日本の屏風や襖絵、仏像などを見ていると、金色が多く使われていることに気づきます。

「昔の権力者が、豪華さを見せるために使ったのでは?」

もちろん、それも理由のひとつです。しかし、日本美術における金には、見た目の華やかさだけではない、さまざまな意味と役割がありました。

1.仏の光と永遠の世界を表すため

金は、長い年月が過ぎても錆びたり変色したりしにくい金属です。

そのため仏教美術では、金の変わらない輝きが、仏の光や永遠に続く浄土の世界を表すものと考えられました。

金色に輝く仏像や寺院は、私たちが暮らす現実の世界とは異なる、神聖な世界の存在を感じさせます。

2.暗い室内を明るく見せるため

電気のなかった時代、寺院や城の室内は、現在よりもずっと暗い場所でした。

金箔を使った屏風や襖絵は、窓から入る光や、ろうそくのわずかな明かりを反射します。そのため、描かれた人物や植物などが、暗い室内に浮かび上がるように見えました。

金屏風は部屋を飾る美術品であると同時に、空間を明るく見せる役割も果たしていたのです。

3.権力と豊かさを示すため

安土桃山時代には、城の内部を飾るために、金をふんだんに使った「金碧障壁画」が制作されました。

織田信長や豊臣秀吉などの権力者にとって、金色に輝く大きな絵は、自分の財力や権力を人々に示すものでもありました。

言葉で説明しなくても、金色に包まれた空間を見せるだけで、その人物の力を強く印象づけることができたのです。

4.現実とは異なる空間をつくるため

絵の背景を金色にすると、そこが空なのか地面なのか、朝なのか夜なのかが分かりにくくなります。

具体的な場所や時間が消えることで、描かれたものは、現実を超えた特別な空間に存在しているように見えます。

つまり金地は、単なる華やかな背景ではありません。絵の中に、日常とは異なる世界をつくるための重要な表現なのです。

《風神雷神図屏風》の金色に注目してみよう

俵屋宗達の《風神雷神図屏風》にも、広い金地が使われています。

風神と雷神の周囲には、具体的な風景がほとんど描かれていません。広い金色の余白があることで、二神が時空を超えて、突然目の前に現れたような迫力が生まれています。

また、右隻の風神と左隻の雷神の間には、大きな余白があります。この何も描かれていない空間によって、風神と雷神が互いを意識しながら向き合っているように感じられます。

描かれていない空間にも、風の動きや雷鳴、緊張感が満ちているのです。

金は、作品の世界をつくる色

日本美術における金には、主に次のような意味と役割があります。

– 仏の光や永遠の世界を表す
– 暗い室内を明るく見せる
– 権力や豊かさを示す
– 現実を超えた空間をつくる

金色の部分は、決して「何も描いていない場所」ではありません。

金は、光を生み、空間を変え、見る人を日常とは違う世界へと導きます。日本美術を見るときは、描かれた人物や形だけでなく、その周囲に広がる金色の空間にも注目してみてください。

そこには、静かに輝きながら作品全体を支える、もうひとつの主役がいます。


授業で伝えること

授業では、作品について説明しすぎるよりも、生徒が自分で気づけるように。

この作品のすごさは、風神と雷神を上手に描いていることだけではありません。

宗達は、目に見えない風や音、二神の間にある緊張感まで描いています。

特に注目してほしいのは、中央の大きな余白です。

一見すると、何もありません。

でも、本当に何もないでしょうか。

ここには風が吹き、雷鳴が響き、二神の視線が交わっているようにも感じられます。

何も描かないことで、かえって私たちの想像が広がっていくのです。

また、身体や衣、雲の曲線を見てください。

止まっている絵なのに、今にも動きだしそうに見えませんか。

模写では、形をそっくり写すだけではなく、

「なぜ、この線なのだろう」

「なぜ、ここを空けたのだろう」

そんなことまで考えながら、宗達の線を追ってみてください。


模写中に投げかけたい短い問い

模写の途中では長い説明をせず、作品を見るきっかけになる短い問いを投げかけます。

  • 今描いている線は、どちらへ動いている?
  • 身体の重さは、どこにかかっているように見える?
  • 一番速い動きを感じる部分はどこ?
  • 中央の余白を目でたどると、どんな流れを感じる?
  • 風神と雷神は、互いをどのように見ていると思う?

こうした問いを入れることで、「正確に写すこと」だけに集中していた生徒の目を、作品全体へ戻すことができます。


模写後の振り返り

制作後には、模写を通して発見したことを言葉にします。

1.模写して初めて気づいたところは何ですか。

2.最も動きを感じた線や形はどこですか。

その理由も書きましょう。

3.中央の余白から、どのような風・音・気配を感じましたか。

答えを一つに決める必要はありません。

大切なのは、「私はこう感じた」で終わらず、

「作品のこの部分を見たから、私はこう感じた」

と、作品の造形的な特徴と自分の感じ方を結び付けることです。


模写は「見る」ことを深める

模写によって、宗達の線をただなぞるだけではなく、少しずつ宗達の目や考え方に近づいていくことができます。

線を一本追えば、その線がどちらへ向かっているのかが見えてきます。

形を描けば、身体の傾きや重さに気づきます。

余白まで意識して見ると、「描かれていないもの」にも意味があることが分かってきます。

鑑賞とは、作品についての知識を覚えることだけではありません。

自分の目で見て、感じ、考え、言葉にすること。

模写は、そのためのとても豊かな入り口になります。

《風神雷神図屏風》を「知っている作品」から、自分の目で発見した作品へ。

生徒たちがそんな一歩を踏み出せる授業にしたいと思います。

生徒に渡すプリント類

教材の説明

今回使用する画材は、新日本造形の金屏風・4曲になります。

屏風作品に使いやすい「金屏風 四曲」

今回の授業では、片面に金色のつや消し紙が貼られた、紙張り製の「金屏風 四曲」を使用しました。

大きさは、高さ235mm・幅510mm。1曲の幅は約125mmで、4枚につながっています。組み立てる必要がなく、すぐに描き始められるため、限られた授業時間でも扱いやすい教材です。

ポスターカラー、アクリルガッシュ、水彩絵の具、墨汁など、さまざまな画材で描くことができます。金色の背景を生かすことで、普通の画用紙とは違った華やかさや、日本美術らしい空間表現を楽しめます。

折りたたむとコンパクトになり、開けばそのまま自立して飾れるのも魅力です。《風神雷神図屏風》の模写やオマージュ作品、日本美術を題材にした短時間の制作課題に適しています。

※掲載されている価格は資料撮影時のものです。現在の価格は販売店でご確認ください。

新日本造形カタログ、517-067

風神・雷神は、もともと何の神様?――インドから日本へ伝わった自然への祈り

俵屋宗達の《風神雷神図屏風》には、風の袋を背負った風神と、太鼓を打ち鳴らす雷神が描かれています。

少し恐ろしい顔をしていますが、この二神は、ただ災害を起こす怖い神様ではありません。風や雷、雨など、人間には思いどおりにできない自然の力を表すと同時に、命を育てる恵みの力も表しています。

では、風神と雷神は、もともとどこから生まれたのでしょうか。

風神と雷神が表しているもの

風神は風を起こす神様です。日本では、大きな袋の中に風を入れ、その袋から風を放つ姿で描かれます。

雷神は雷や稲妻、雨をつかさどる神様です。背中に並べた太鼓を打ち、雷鳴を響かせる姿で表されます。

昔の人にとって、強風や雷は家や作物を傷つけ、命さえ脅かす恐ろしいものでした。その一方で、風は雲を運び、雷を伴う雨は田畑を潤します。

そのため風神と雷神は、災害をもたらす恐ろしい存在であると同時に、豊作と命をもたらす大切な存在として、畏れ敬われてきました。

古代インドの風の神「ヴァーユ」

風の神の古いルーツをたどると、古代インドの風神ヴァーユに行き着きます。

ヴァーユは、空を吹き渡る風だけでなく、人や動物が生きるための「呼吸」や、目には見えない生命の力を表す神でした。

私たちは風そのものを見ることはできません。しかし、揺れる木の葉や流れる雲によって、その存在を感じます。呼吸もまた目には見えませんが、生きていることを支えています。

古代インドでは、風は物を吹き飛ばす強い力であると同時に、すべての命を生かす「息」でもあったのです。

雷と雨の神「インドラ」

古代インドで雷、稲妻、嵐、雨をつかさどった代表的な神が、インドラです。

インドラは、古代インドの聖典『リグ・ヴェーダ』に数多く登場する、とても重要な神でした。雷の武器「ヴァジュラ」を持ち、神々を率いる勇ましい存在として語られています。

有名な神話では、怪物ヴリトラが水を閉じ込め、大地を乾かしてしまいます。そこでインドラがヴァジュラでヴリトラを倒し、閉じ込められていた水を解放します。水は雨や川となって大地を潤し、人々や作物を生かしました。

つまり雷は、単なる恐怖の音ではありませんでした。雨を呼び、乾いた大地に命をよみがえらせる力でもあったのです。

インドの神が、そのまま日本へ来たわけではない

ここで大切なのは、ヴァーユとインドラが、そのまま宗達の描いた風神・雷神になったわけではないということです。

インドで生まれた神々や自然観は、仏教の広がりとともに中央アジアや中国へ伝わりました。その長い旅の途中で、土地ごとの神話や信仰、美術表現と結びつき、姿や役割を変えていきます。

中国では雷の神などの造形とも混ざり合い、日本ではさらに日本古来の風や雷に対する信仰と結びつきました。そうして、風袋を持つ風神と、太鼓を背負う雷神という、私たちのよく知る姿が形づくられていったのです。

《風神雷神図屏風》に描かれた自然の力

俵屋宗達の《風神雷神図屏風》では、風神と雷神が金色の空間を大きく飛び回っています。

二神の間には、何も描かれていない広い余白があります。しかし、その余白を見ていると、風が吹き抜け、雷鳴が響き、雲が動いているように感じられます。

目には見えない風や音を、人物の姿勢、衣の動き、太鼓、雲、そして余白によって感じさせる――そこに、この作品の大きな魅力があります。

風神と雷神は、自然の怖さだけを表した神様ではありません。

風は命を支える息であり、雷は恵みの雨を呼ぶ力である。

《風神雷神図屏風》には、自然を支配しようとするのではなく、その大きな力を畏れながら、恵みに感謝して生きてきた人々の心も描かれているのではないでしょうか。

まとめ

  • 風神は、風や呼吸など、目に見えない生命の力を表す
  • 雷神は、雷や嵐だけでなく、大地を潤す雨の力も表す
  • 古代インドのヴァーユやインドラなどの信仰が、仏教とともに各地へ伝わった
  • 中国や日本の信仰・美術と結びつき、現在の風神・雷神の姿へと変化した
  • 風神と雷神は、自然の恐ろしさと恵みの両方を象徴している

二神の少し怖い顔の奥には、人間を超えた自然への畏れと、命を育てる恵みへの祈りが込められているのです。

【美術Ⅱ】風神雷神図屏風をオマージュしよう ― 下絵制作 ―

俵屋宗達の《風神雷神図屏風》をもとに、**自分なりの「風神・雷神」**を考え、オマージュ作品を制作します。

現在は、本番の屏風に描く前の**「下絵づくり」**の段階です。

■ オマージュとは?

オマージュとは、元の作品への敬意をもちながら、その作品の特徴や魅力を生かして、自分なりの解釈やアイデアを加えて新しい作品をつくることです。

宗達の《風神雷神図屏風》をそのまま写すのではありません。

「自分だったら、現代の風神・雷神をどう表すだろう?」

そんなことを考えてみましょう。

■ 下絵で考えること

・風神と雷神を、どんな姿にするか
・二人をどこに配置するか
・どんなポーズや表情にするか
・風や雷の「動き」や「力」をどう表現するか
・元の作品のどんなところを残すか
・自分らしさをどこに加えるか

人物でなくても構いません。

動物、キャラクター、現代の人物、身近なもの、自然、機械など、「風」と「雷」から自由に発想してみましょう。

■ 大切にしてほしいこと

上手に描くことだけが目的ではありません。

宗達の作品をよく見て、

「私は、この作品をどう読み替えるか」

を考えることが今回の制作の大切なポイントです。

下絵の段階では、すぐに一つの案に決めなくても大丈夫です。

いくつかアイデアを出しながら、「これを屏風にしたら面白そう!」と思える構図を探してください。

下絵が完成したら、いよいよ屏風の紙に本制作を始めます。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

目次